1)低エネルギー電子散乱による核子・原子核の大きさの研究
陽子と中性子はともに原子核を構成する基本粒子です。長年、大きさや形、内部構造が詳細に調べられてきました。2010年に素粒子の標準理論では同じ仲間と考えられている電子とミュー粒子を通じた陽子半径測定結果が一致しないことが発表され「陽子半径問題」と呼ばれる事態になっています。
その他にも、宇宙の物質の基本要素である陽子の半径の不定さは、
1)基礎物理定数であるRydberg 定数の不定さに直結
2)陽子・中性子を構成要素とする原子核の電荷密度分布を始め、核構造研究に影響を与えるため、世界各地で不一致の原因解明・真の陽子半径の決定に向けた研究が行われています。
主として高エネルギー電子散乱で測定されてきた陽子半径には大きな解析モデル依存性の可能性が指摘されています。私達は当センターの 60 MeV 電子加速器を利用した史上最低エネルギー(Ee = 10 – 60 MeV)での電子・陽子弾性散乱実験で、高エネルギー電子散乱では不可能だった正攻法の測定を実現し、電子散乱としては最も信頼度の高い陽子半径の決定を目指しています。
本研究を遂行するための新しい電子ビーム輸送系と弾性散乱電子検出用の高分解能電磁石スペクトロメータを建設しました。2023-2024年度にかけてデータ取得を進め、現在は半径決定に向けて詳細なデータ解析を進めています。
また、同ビームラインを利用して重陽子半径の測定や、電子散乱による原子核中の中性子分布の研究なども同時進行で進めています。
2)短寿命な不安定エキゾチック原子核の大きさや形、内部構造の研究
天然には安定に存在しない短寿命不安定核の構造研究は、現代原子核物理学に課せられた最重要課題の一つであるとともに、宇宙での元素合成過程の謎に迫るうえで決定的に重要であるため、世界中の研究者が短寿命不安定核の内部構造の研究に鎬を削っています。
原子核内部構造解明には、高エネルギー電子を原子核に照射しその散乱具合から内部構造を決定する電子散乱という実験方法は最も優れています。安定な原子核の構造を電子散乱で明らかにしたHofstadter はノーベル賞を受賞しています。
しかしながら、生成が困難で短寿命で崩壊する不安定核の場合、電子散乱実験用標的生成が非常に困難なためにいままで不可能と考えられてきました。私達は極少数の不安定核標的数で電子散乱実験を可能にするSCRIT法(Self-Confining RI Target:自己閉じ込め型RI標的)と呼ぶ画期的な標的生成技術を発明しました。この技術をもとに理化学研究所と共同で世界に先駆けて短寿命不安定核専用の電子散乱施設を建設しました。2015年秋よりいよいよ短寿命不安定核の研究を開始する予定です。
放射性同位元素(RI)を用いた様々な研究を進めています。当センターの大強度電子線形加速器では最大エネルギー60 MeVまでの制動放射線を生成することができます。それをターゲット物質に照射することで光核反応を起こし,様々な種類のRIを製造しています。また,東北大学所有の大型サイクロトロン(荷電粒子照射)や核燃料施設(娘核種の分離)も利用しており,施設の特長を活かした相補的なRI製造を行っています。得られたRIは必要に応じて放射化学的手法により精製され,核壊変特性の研究,光量子放射化分析,元素挙動を知るための化学トレーサー,物質科学研究などに利用されています。その他,基礎データとして重要な核反応断面積・収率や制動放射線の形状なども測定しています。